[レビュー]華氏451度を読んで打ち震えた話

読書

最近ハマっていることとして、NHKの番組である100分で名著の第1話を見て、その後原作を読み、読み終わったら残りの2から3話を見る、ということをしている。

つまり、導入部分でこれは!と思う本と直感したら、実際に書籍を手に取ってみるわけだけど、これがなかなかよかった。

本というのはつくづく思うのだけど、議論したり、他の人の意見を聞くことが重要だ。自分一人の解釈ももちろん大事なのだけど、他の人の意見を聞くことによって、そんな解釈があるのかと二度、本を楽しむことができる。

本から吸収できる情報が1.5倍にも、2倍にもすることができ、議論する相手のいない僕は、100分で名著が、新た情報を入手するための良質なコンテンツとなっている。

で、今回読んだのは、レイブラッドベリの華氏451度だ。

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華氏451度について

この本は1953年に書かれたSF小説だ。

話の内容としては、近未来が舞台であり、本を所有することが禁止されてしまった社会の話。

主人公は昇火士という、本を所有している人がいたら、火炎放射器で本や燃やし尽くす仕事をしている男、モンターグ。

消火士はファイアマンであるが、本来の意味である消防士(火を消す仕事)ではなく、この世界では火をつけて本を燃やすことを指す。ちなみにタイトルである華氏451度は紙が燃え始める温度のこと。センスあるタイトルだと思う。

モンターグはこの仕事に誇りを持って行っているが、ある晩に出会った少女、クラリスの自由な考え方に影響を受け、徐々に自分の仕事に疑問を持っていく、というのが大筋の話。

モンターグが生きる社会というのは、いわゆるディストピアとして描かれており、人々が知識や思想を発展させることを防ぎ、刹那的な快楽を楽しむように描かれている。

1953年に書かれたというので驚くのだが、人々はテクノロジーから発生する快楽を享受しており、壁に映し出されるドラマのような物語に参加し、用意された台本のセリフを読んで、あたかも自分がストーリーに絡んでいるような擬似体験ができる仕組みなんかも語られている。

それ以外にも、Airpodsのような巻貝と呼ばれる超小型ラジオを耳に装着し、あたかも自分が海の上にいるような擬似体験ができる仕組みなどもあったりする。繰り返すが、1953年に書かれてるんすよ・・・。

そこでは、ハイスピードによって人々に思考させない、テクノロジーによって、人と人が分断して生きているような、そんな世界を描いている。え、まさに今も同じじゃない?

華氏451度に衝撃を受けた理由

この本は1953年に書かれたにも関わらず、全く古さを感じさせることのない、むしろ恐ろしいくらいに今僕たちが生きる世界を描き出している点でぞっとした。

そこは、たしかに本を読むことは禁止されているのだが、そもそも規制などしなくとも、人は本など読まなくなってしまった、と文中で語られる。

本を読むことで感情を揺さぶり、思想が醸成されることで人を傷つける。テクノロジーの進化が加速する世の中で、人々はもっとシンプルに、わかりやすく、インスタントな手に入る情報を求めるようになった。

ならば刹那的に入手できる情報で誰も傷付かずに済むなら、本などいらないだろうと。人は本を読まなくなったという。語られるのはテレビなど消費の対象となる空虚なコンテンツの話題ばかり。

これはまさに今と同じだ。中身のないバラエティ番組。プロセスではなく、回答のみが用意されたYoutubeの解説動画や、明瞭な白黒はっきりしたTwitterの短文のツイートは、まさにインスタント化された情報だ。

100分で名著の伊集院さんが言っていたが、専門的で複雑な話など大衆は興味がない。だから知識を語る番組でも、専門家ではなく芸人が呼ばれ、専門家ではないから話が単純化すると。でも、専門家を連れてきたところで、大衆は番組を見ない。

・・・

人々はそれに一喜一憂し、本質を深ぼることなく、刹那的な快楽で満足している。この華氏451度で語られる世界は、今の世界と全く一緒だと思った。

そして、そこに疑問を抱いた主人公モンターグはどうなったのか。そして刹那的な快楽に満足した社会のいく末はどうなったのか、ぜひ本を手にとって読んでみてほしいと思う。

また、NHKオンデマンドに入ると、100分で名著を見ることができるが、ぜひセットで見てみて欲しいと思う。より、本に対する理解が深まると思う。

僕が衝撃を受けたのは、番組内で伊集院さんが語っていた炎上に関する話だ。今も、インターネットでは世間の価値観に合わないような事件や意見が出たりすると、みんなして徹底的に叩く。完膚なきまでに叩き、それによってときには叩かれた側が命を絶ってしまうこともある。

モンターグが就いている昇火士というのは、その叩いている人たちに姿が重なる。合っているかわからない自分なりの正義を掲げ、相手を再起不能になるまで叩くのは、まさしく炎で本を焼く昇火士そのものだ。

それが番組の中で語られたとき、ぞっとした。もしかしたら僕らが生きる社会というのは、客観的に、ある側面においてはディストピアに足を突っ込んでいるのではないかと。

モンターグがとある場面でいうセリフが胸に刺さった。

「ぼくらは一度だって、正しい理由でものを燃やしたことはなかった」

まとめ

SF小説というのは今まであまり読む機会がなかったのだけど、あまりにも華氏451度が面白かったので、ぜひ他のSF小説も読んでみようと思う。

SFというのは、自分が生きる世の中のほんの一部が変わったらどうなるのか、というIFの世界を堪能することができるので、自分の思考を巡らせやすく、そこが面白いですよね。

とりあえず次はジョージオーウェルの1984年を読んでみたいと思います。

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