会社を休職→退職して見えてきたもの

雑記

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僕の会社員としてのキャリアはボロボロで、28歳にして転職4回、5社を経験しています。そしてその会社も激務に体がついていかず、今月末で退職します。

転職回数が多くなると、一般的な企業の採用では、まず書類選考で落とされてしまい、正社員として採用される可能性は限りなく低くなります。下のURLにも記載されていますが、転職回数が4回以上となると、転職成功者はがくっと減っています。

転職は何回までできる? 「転職回数」と「転職成功」の関係性 |転職ならDODA(デューダ)

ただ、これまで経験してきた職種が業界的にあまり経験者のいないSEM領域だったということと、これまで人脈を広げてきたことが幸いし、すべて正社員で採用されており、次の会社も、妻の実家の方の企業になりますが、幸いなことに正社員採用となります。なんとか崖っぷちで粘っている感じですねw

次の会社が決まっているから、ということもありますが、結果的に僕は次のステップへ進むことを選択してよかったと思っています。それはただ単純に激務から開放された、ということもありますが、それ以上にこれからの人生を歩む上で大切なことを学んだからです。

自分自身を知ることの大切さ

僕はこれまでベンチャー企業でスキルを磨くためにバリバリ働いてきました。一番ひどい時だと、朝の8時半に出社し、夜の3時まで働き、自転車で帰って仮眠を取ってから出社する・・・というような生活を送っていました。

結果的に、スキルセットとしては貴重なものを得ることができ、仕事自体は面白かったものの、身体がついていきませんでした。今月で辞める会社はそこまで長時間労働ではなかったものの、帰宅が0時を超えることはよくあるような状況で、重い未経験の仕事が続々と降ってきて、最終的に身体を壊しかけてしまいました。

休職中の期間はとにかく自分はダメだなー、と自責の念に苛まれていました。結婚し、子どもが小さいときにこんな状態になって人生詰んだな・・・と。しかしあるとき、昔一緒に働いていた先輩とご飯を食べたのですが、そこで「お前はやる気はあるんだけど、体力が追いついていない。そもそもベンチャーで働くのに向いていないんじゃないか?」と言われました。

そこでようやく僕はハッとしたんですよね。これまではやる気されあればなんとかなる、と思っていたのですが、自身の適正について考えていなかったからです。ベンチャー企業というのは、誤解を恐れずに言えば、将来の夢を叶えるために仕事最優先で頑張れる人が働くところです。だから、そのためには長時間労働だろうが、給料が多少安かろうが、ひたむきに頑張り続けなければいけません。将来のために。

しかし自身を振り返ってみると、体力がないにも関わらず、なんとなく仕事が楽しそうとか、ベンチャーで働く自分に憧れてそこにいたように思います。だから、最終的には社風に合わなかったり、最後のひと踏ん張りができずに潰れてしまったのではないかと。恥ずかしながら、この年齢まで自分のことがわかっていませんでした。ただ、逆にいうとこのタイミングで気づけてよかったと思っています。

家族の大切さ

休職中は、育児に積極的に携わるようにしました。ミルクをあげたり、おむつを替えたり、妻の分まで食事を用意したり、とにかく何もしていないのは落ち着かないので自分にできそうなことは妻に教わりながらできるようにしました。

すると、育児ってこんなに大変なのか・・・と驚愕しました。ずっと赤ちゃんにつきっきりだと、夕方くらいからヘトヘトになってきます。全く落ち着く暇がないんですよね。これを妻一人でやるのは無理だと、これまでのことを思うと申し訳ない気持ちになりました。今でこそ、外出しても18時までに帰るようにしていますが、仕事をしていたときには23時に帰ってきて妻がぐったりしていることがザラでした。あとは、子どもはどんどん大きくなり、日に日に進化していきます。そんな成長を近くで見れるのは、月並みながら幸せなことだと感じます。

また、今回妻の実家の方へ移住するという大きな決断をしたのですが、それを決めるまでに、僕の実家ともよく話し合いました。それこそ、生まれ育った地域から離れるわけですから、僕の親としては不安であり、複雑な気持ちだったと思います。だからこそ、普段は恥ずかしくて話せないようなことを本音で話したり、親がどんな気持ちでいたのかを知る良い機会になりました。

色々と迷惑、心配をかけて申し訳ないと思っていましたが、親の本音を知ったときは涙が出ました。きっと、今回の事がなければそれを知ることはなかったと思います。

感謝することの大切さ

今回の決断をするにあたり、様々な人の助けを借りました。妻を始め、両親、友人、先輩など・・・。みんな、他人のことなのに親身になって相談に載ってくれました。きっと、僕がどん底の状態だったのもあると思いますが、ありがたみがいつも以上に身に染みました。

そんな諸々があった中で、僕の中で一つ決めたことがあります。それは、今後は誰かのために生きるということです。誰かにめでたいことがあれば全力で祝福し、困ったことがあれば一緒に真剣に悩みます。今までは、何かをしてもらって当たり前、みたいな気持ちが心のどこかであったのですが、これからは誰かにために全力を尽くせるような人間になっていきたいと思います。

それに、誰かのために何かをすることって気持ちいいんですよね。当たり前の感覚だと思うのですが、それを忘れかけていました。きっと、忙しすぎてないがしろになっていたのだと思います。

まとめ

先日紹介した山田ズーニーさんの本の中に、「どん底を経験した人は明るい」というような文章がありました。今回僕が思ったこととしては、本当に苦しいときこそ人は成長する、ということでしょうか。どん底、というにはまだまだ甘いと思いますのでw

ただ、結果的には今回経験したことは本当に人生に糧になったと思っています。今後も、ふとしたときに立ち止まって、自身の成長を振り返っていきたいと思います。このブログを通じてw

photo credit: Despair via photopin (license)

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