久々に本屋にいく。知識と知について

読書
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久々に本屋にいきました。緊急事態宣言の最中ではあるものの、都内の大きな本屋は20時以降も開いていて、久々に紙の書籍を購入しようと、足を運んだわけです。

僕は最近はもっぱらKindleで読書をしており、様々なジャンルの本を齧っています。Kindleのメリットはいつでも安く本を購入でき、さらにどこでもその蔵書を持ち歩くことができる点にあります。

デバイスフリーで、スマホでも、タブレットでも、パソコンでも本を読むことが可能です。もともと本屋として創業したAmazonは全く新しい読書体験を僕たちに提供するようになったわけです。

今回本屋に足を運んだ理由は、Kindleにはない本を購入したかったから。ここ最近毎週聞いている超相対性理論のPodcastですが、そこではパーソナリティの御三方からガンガン参考文献が引用されてきます。

僕が最近購入する本も、大体そこで紹介されている本から選んでいるのですが、今回は「はじめて考えるときのように」という考えることについて書かれた本を購入しました。

思えば、僕の読書の仕方というのは、本から知識を得る、というところに主眼を置きすぎていて、そこから思考する、というプロセス軽視していたように思います。

いや、軽視というよりも、そもそも読書とは知識を取得するための手段だと考えていた節があります。

でも、超相対性理論や実際の今の自分の仕事から思うこととしては、自分の中に堆積した知を用いて、新しい価値や課題提起を行うことが、求められいると感じます。

既に明確になっていることには価値がなく、目的のプロセスにある不明瞭な過程を明確にしていくプロセスで、知識が必要になるのです。

そういった意味で今回の本を購入したわけですが、冒頭部分から素敵な本で、とても良い読書体験ができそうだとワクワクしています。

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本屋で本を買うという体験

本を購入するとき、もう閉店まで時間がなかったこともあり、店員さんに本の在庫を確認してもらい、親切なその店員さんは棚まで走って本をとってきてくれました。

ありましたー!と言って本を渡してくれたその光景がなんだかすごく久々、というか懐かしい感じがして、思えばコロナ禍において、こうした屋外でのコミュニケーション自体、久しくしていなかったな、と気づきました。

そうした意味でも、本屋にいけてよかったように思います。

また、帰りの電車で本をめくっていたのですが、やはり紙の本というのは非常に読みやすく、読んでいる感じがして、何より、スマホから手が離れるのがいいなと思いました。

僕はKindleで読んでいても、途中でTwitterを開いてしまったり、Googleニュースに飛んでしまったりと注意散漫なのですが、書籍であればスマホはズボンのポケットに入っているので、取り出すのに一手間かかります。

それがとても良い。読書に集中できる。

本の内容もさらに素敵なのだから、これぞ紙の本で読書をすることだなと感じ、何だか素敵な帰り道になりました。

また明日もがんばりましょう。

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